KQ4のブログ

地方で暮らす、30代男性の日々の色々なこと 教育→小売→福祉と転職

山に登ること(低山ハイカーの場合)

先日、山に登って参りました。コロナウイルスによる外出自粛の中、職場と家の往復しかしていない昨今…。天気も気候もいいなか、せめて人の少ない山にハイキングに行くこと位許されてもいいはず…。自動車だし。

 

そんなわけで行きました。結果は大満足。帰りに温泉に入れなくても、久々の自然は心身を癒してくれました。

そんな中、ふとなんで登山をしているのかを登山中に考えていました。というか毎回考えてる。なぜって、登ってる途中はしんどいから。しんどいのになんでこんなことをしているのか…。
登ってる時の心境は大体こんな感じです。

①登り始め。
たいてい山の形とかがある程度目に入ってきます。着いたときのワクワク感、どんな山なんだろう、時間はどれくらいだろう、なんて考えます。

②登り途中。
しんどいです。なんでこんなことやってるんだろう、と思うと同時に過去の嫌なことや腹の立つ出来事を思い出しては毒づいてたりします。行程に遅れでもあろうものなら焦燥感が襲ってきたりもします。


③山頂近くになるにつれ…
無になってきます。ひたすら登ります。他のハイカーさんから「もう少しですよ」なんて言われたり。途中で展望がよくなってくると言葉にならない気持ちになります。

④山頂
着いた…!!それしかありません。
よっこらせとベンチあるいはビニールシートに座り、ご飯を食べます。

⑤下り
荷物も軽くなり、足取りも軽いです。あとは降りるだけだなぁ、とか思いつつ、でも登りもあるので②と③の気持ちの繰り返しだったり…。
そうこうしてるうちに、無になります。

⑥下山
ほっとします。ひたすら安堵。自分にとって、登山靴から普段靴に履き替える瞬間が一番ほっとするかも。旅行と一緒ですね。

結論
登山は瞑想に似ているかも…。
しんどい思いをしている最中は煩悩だらけですが、そうこうしてるうちにひたすら足を動かし、心が空っぽになるような、ただ目の前と足元だけを見るような気持ち。
メジャーじゃない山って、たいてい人も少ないし動物なんかも少ないんですよね。鳥の声すらしない。展望もあればいい方で、変わり映えしない景色が続いたりします。
だからこそ、たまに咲いている植物や、ハイカーさんのとのちょっとした会話が新鮮だったりするんですよね。
瞑想して心をすっきりしつつ、身体を動かしてすっきりさせる感じですね。
案の定筋肉痛ですが、行ってよかったです。