KQ4 DIARY

地方で暮らす、30代男性の日々の色々なこと 教育→小売→福祉と転職

幸福を見つける手法

演繹と帰納という思考の方法がある。
高校生の時に数学の授業で習って以来、すっかり忘れていた言葉だ。

「今まで不幸だったから、自分は不幸であり、この先も不幸なのだ」という思考をする人がいる。

話を聞くと、人生全てが不幸というわけではない。
ただ、自分は不幸という思い込みから、過去の色々な不幸な出来事を語り、「だから自分は不幸だ」という結論づけをする。
不幸の自己ループ、永久機関である。

不幸な出来事があり、自身が不幸であるとし、不幸と結論づけるものだからその他の色々な出来事を不幸とみなす。

これは演繹か帰納

と考えて冒頭の言葉を思い出すに至る。

この場合は不幸の演繹法と呼べる。

この考えをどう覆せるのか、とんと見当がつかない。

幸せな出来事をたくさん経験し、幸福の帰納法でもって幸福と結論づけるしかないのだろうか。