KQ4 DIARY

地方で暮らす、30代男性の日々の色々なこと 教育→小売→福祉と転職

書くこと

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文章を書くことが好き!というまっすぐなエネルギーに感化されました。
書き続けることが結果になり、結果がまたエネルギーになる。
読んでいるこちらまでエネルギーをもらえます。

なんとなく、自分も書くことについてまとめたくなったので書いてみました。

自分の場合は、まず読むことが好きだったように思えます。
きっかけは小学生の時、国語の時間の物語文を感情込めて読んだところ、先生に褒められたという単純なことでした。
国語の教科書ってみんな恥ずかしそうに読むじゃないですか。自分の場合は目立ちたいのもあったし、なんとなくクラスを楽しませたいのもあって、それをしたのじゃないかな、と思います。

そこから、兄の影響で「金田一少年の事件簿」小説版や「フォーチュンクエスト」なんぞを読み始めます。
まわりには小説読む子なんて誰もいなかったので、密かなアイデンティティとして誇りに思ってました。
でも、真面目とか思われても嫌なので、それは密かな趣味でした。

中学に入り、柔道部に入ってからは記憶がないので高校生活に飛びます。
数少ない友人や、古典の先生からおすすめの小説を勧められ、色々読むようになります。
で、書くようになったのがここから。
高校に入ってエネルギーを持て余した俺は唯一のアイデンティティを音楽に求めるようになっていました。
読書に関してはやっぱり「真面目」と思われるのが嫌だったし、友人との共通の話題になりにくかったんですよね。
音楽はその点、ちょっと恰好いいし、話題にしやすいし、「他人とちょっと違う俺」を演出しやすかった。うん、滅ぼしたいですね、当時の俺を。

J-PUNKにかぶれた俺は情報源を求めてホームページを見るようになりました。

魔法のiらんど

自身もホームページを開設するまでに時間はかかりませんでした。
いろんな友達もでき、オフで会う人も2人くらいいたかな。

日記も反応があって面白く、毎日書いてました。
メルマガも発行するようになり、感想をもらった日にはすごく嬉しい気分になりました。読者人数がどんどん増えていくのがわかるのも楽しかった。

小説を書いてみようと思ったのはこのあたり。
結構時間をかけて書こうと思ったけれど、原稿用紙1枚が限界だったなぁ…。
確か二つの大陸が争うという物語で、時雨沢恵一先生の「アリソン」みたいな舞台設定でした。
「アリソン」が出版されて、読み終わった日には「やられたわー」と思ったものです。
やられてんのはお前の頭だよ!!

で、小説を書こうとは思わなくなりました。

大学に入ってmixiが出て、反応がよりダイレクトにわかるようになりました。
とても楽しかった反面、あまり感情を露わにできなくなり、iらんどにもたまに書いてました。

そこからmixiが下火になるにつれ、だんだんと書くことから離れていきました。

結局、書くことで他者とコミュニケーションをとろうとしていたのだと思います。
ただ、楽しませようとかそういう気持ちよりも気持ちを垂れ流していた部分もあったので、健康的とは言えなかったと思います。

本当に伝えられない思いや忘備録として紙の日記も書いていましたが、読み返すこともなく処分してしまいました。
あまり過去に浸るのが好きじゃないのと、字が汚くて読み返す気があまり起こらなかったためです。
こういう点では、感情や記憶の整理にも書くことを用いていたと思います。

書くことは教員試験の小論文や、広報誌のまとめ、前職の議事録や報告書に大変役立ちました。
得意なのもあって、その部分で評価されることもありました。そういえば、書くことを仕事にしたいがためにタウン誌の編集もやったっけ。営業がキツくて一か月で辞めたけど。

今、書くことに対してはかなり距離のある見方をしています。
書くことを仕事にしたいとは思わなくなりました。
ブログに関しては感情や出来事の整理と「見てもらいたいな~」の気持ちと半々で書いてます。

でも今、書くことを禁止されたら寂しい気持ちがあります。
書かない日も多いけど、でもやっぱり書くことはどこか楽しくて、すっきりする。
たま~に読み返すとかつての自分が別人のように思えることもある。

そんなわけで、今後も書くことをゆるゆると続けていくんじゃないかな~と思います。
書くことは、俺にとって何なのだろう…
そう考えると、コミュニケーションの場と感情・記憶の整理であることは昔から変わらないのだと思いました。
物事との付き合い方というのは、人間そうそう変わらないのかもしれません。